
とうとう自家用車の走行距離が15万kmを突破した。6〜7年ほど前に買ったので年間2万km以上走ったことになる。この車を買った頃からマラソン大会に出場し始めた。昨年は岩手のマラソン大会にも出場。今年もしっかり練習して自身の新記録を出さなくちゃ。
ところで、政治家だけでなく大手メディアの報道も、国民の意識とはだいぶズレてきている。戦時中の大本営発表となんら変わりない。「直ちに問題はない」という福島原発事故の報道姿勢から、現代のメディアの実態がはっきりわかったのではないか。
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FROM:Weekly Akita Press Editorial Room
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とうとう自家用車の走行距離が15万kmを突破した。6〜7年ほど前に買ったので年間2万km以上走ったことになる。この車を買った頃からマラソン大会に出場し始めた。昨年は岩手のマラソン大会にも出場。今年もしっかり練習して自身の新記録を出さなくちゃ。
ところで、政治家だけでなく大手メディアの報道も、国民の意識とはだいぶズレてきている。戦時中の大本営発表となんら変わりない。「直ちに問題はない」という福島原発事故の報道姿勢から、現代のメディアの実態がはっきりわかったのではないか。


東京在住のある詩人からいただいた古酒の焼酎「千年の眠り」。オンザロックで飲んだらまるでブランデーのようなまろやかな香りと味。焼酎の今までのイメージがくつがえされた。美味し過ぎて、ついつい飲み過ぎ千年の眠りについてしまいそう。
先日、ちょっと珍しいレンズを手に入れました。Upsilon(ユプシロン)というブランドの日本製品で、ネーミングはギリシャ文字のΥを意味しています。ネットで検索しても情報がほとんどない、素性不明のレンズです。
私が入手したのは上の画像の直進式望遠系ズームで、デザインはご覧の通り独特。径が細く、CCTV用に見えなくもありません。さらに焦点距離が90〜190mm、開放F値が通しでF5.8という非常に珍しいスペックになっています。他にあまり例のないこの焦点距離と開放F値を頼りに調べてみると、これと瓜二つのレンズが2種類出てきました。Ringpoto(リングフォト)とYashinon(ヤシノン)の製品です。
リングフォトは主に写真機材を扱うドイツあたりの商社のようです。同社ブランドのレンズはたぶんOEMで、自社製造していたわけではないでしょう。ちなみにこの会社、あのVoigtländer(フォクトレンダー)の商標権を所有している会社だそうです。※詳しくはWikipediaの「フォクトレンダー」と「コシナ」の項をお読みください。
もう一方のヤシノンは、言わずと知れたYashica(ヤシカ)の純正レンズ。もっとも、ヤシノンの90-190mmズームを国内オークションで見かけることは稀です。よほどマイナーなレンズだったか、あるいは輸出専用だったかでしょう。ちなみに私が入手したユプシロンのズームには、何故かヤシカのレンズキャップが付いていました(これは単なる偶然?)。
ユプシロンについては「Tamron(タムロン)、もしくはSigma(シグマ)が製造していたのではないか」という説があるようです。いずれ、このレンズが日本国内で売られていたのは1973-75年くらいと極めて短い期間であったらしく、それが資料の少なさにつながっています。

ちなみに、国内デビュー直後のユプシロンの広告と製品紹介が上の画像です(いずれも日本カメラ1973年10月号に掲載されたもの)。価格はプリセット絞りの300mm/F5.6が15,700円、同じく400mm/F6.3が19,000円、同じく500mm/F8が20,200円、完全自動絞りの400mm/F5.6が30,000円。いずれも3群4枚という望遠レンズにありがちな構成になっています。若者をターゲットにしたいわゆる廉価レンズでしたが、「海外で10年の販売実績がある」と広告に書いてあります。
70年代、タムロンは高性能な互換レンズを作るメーカーとして一定の評価を得ています。互換レンズの優秀性を示した同社が、素性を隠して廉価製品を国内で売らなくてはいけない事情はなかったはずです。また、シグマについては初期製品にギリシャ文字を多用していることからそのような推測が出たのかもしれません。しかし、ユプシロンの販売会社の本社は新宿区。この頃のシグマは本拠を狛江市に置いていました。
私がむしろ気になるのはユプシロンの「Υ」、これはYashicaの頭文字「Y」と同じという点です。しかも、ヤシカがこれと同じスペック、デザインのレンズをヤシノン・ブランドで販売しています。ユプシロンが国内販売を開始した当時、ヤシカはレンズ・メーカーの富岡光学を子会社化して5年。経営悪化により、会社の存続が危ぶまれるような局面を迎えようとしていました。
参考まで、同社の1960-1980年代の歴史をWikipediaから抜き書きしておきます。
1960年 - 35mm判一眼レフカメラ・ペンタマチックを発売。
1968年 - 富岡光学器械製造所を子会社化。
1972年 - 岡谷工場を開設し全面移転。
1974年 - 経営悪化で大規模な人員整理。
1975年 - コンタックスシリーズの発売開始。
経営破綻にともない京セラの経営支援開始。
1983年 - 京セラに吸収合併。
経営改善策を模索する中で、ヤシカが互換レンズの国内販売に乗り出したという可能性もないではありません。もっとも、ユプシロンが世に出て間もなくヤシカは経営が破綻。その安価な製品群はほとんど出回ることもなく、その歴史を終えたのではないでしょうか。もちろん、これはあくまで私の推測ですが…。
なお、ユプシロン版・リングフォト版のズームはeBayにもほとんど出物がありません。一方、ヤシノン版は少数ながらも出品があります。ちなみに、現在出品中のヤシノン版レンズは数本あり、安いもので開始価格は30ドルくらいから、高いもので即決125ドルほどでした。ただし、100ドル以上を出してこのレンズを買おうというモノ好きはそう多くはないでしょう。もちろん、私もそんな値段なら絶対に手を出しません。
【追記#1】さらに調べを進めたところ、写真工業の2007年7月号にUpsilon135mm/F2.8のレポート記事が掲載されていました。担当した日比野和範氏の解説によると「本レンズの発売は1965年頃と思われる。発売元はコシナである。メーカーも木村光学といわれるが明確でない。ユプシロンレンズは輸出向けが主体で、国内向けはアマチュアカメラマンに手頃な価格で超望遠レンズを若干供給していたようである」とのこと。その上で、日比野氏はユプシロンを「シグマの廉価版(製造は他社)である」と結論付けているようです。
比べてみると確かに、Upsilonの文字の書体などは初期のシグマと同一です(M・S・Nがかなり特徴的)。それに緑色の文字を多用し、鏡筒が比較的細身であるというのもシグマ製品とよく似ています。あれこれ妄想してみましたが、これはやはりシグマの海外向けデフュージョン・ブランドということで決着でしょうか。ただし、シグマが作った製品ではないそうですから、もしかしたら製造に関してはヤシカが…ということもありえますね。
【追記#2】ユプシロン90-190mmズームはタムロン製―とする説に疑問を投げかけましたが、焦点距離を少々変えて検索してみたところ、同社に類似レンズが存在したことが判明した次第(画像下、95-205mm/F6.3)。焦点距離と絞りの値に若干ズレはあるものの、OEMではよくある話です。同じ直進式で外観もそっくり、ズームの繰り出し方や各リングの配置・回転方向に至っては同一。これはやはり元が一緒の製品かもしれません。
脱線して一時はユプシロン=ヤシカ説に入れ込んでしまいましたが、つまり「ユプシロンはシグマのデフュージョン・ブランドであり、その製品は他社のOEMだった。90-190mmズームはタムロンが製造したもので、ヤシカも同様にタムロンに同一ズームの生産を委託、ヤシノンの名を冠して販売していた」ということになるんでしょうか。発売元はコシナという話もありましたし、なんだかややこしいですね。
なお、95-205mm/F6.3はタムロンが最初に量産化した35mm一眼レフ用の望遠系ズームらしく、同社のサイトにそのスペックがちゃんと記載されていました。ありがたや、ありがたや。モノ作りに責任を持つ老舗企業らしいですね。商売は違えど、この姿勢は見習いたいものです。以下、敬意を表してその概要を転載させていただきます。
[仕様]
モデル名:#910P
マウント:Tマウント
焦点距離:95-205mm
開放F値:6.3
レンズ構成:6群7枚
最小絞り:-
最短撮影距離:?m
フィルター径:?mm
重さ:?g
最大径X全長:?mmx?mm
価格:19,800円
発売時期::1961年
製造終了:1969年以前(推定)
メーカーは最小絞りを不詳としていますが、画像上から32であることが分かります。これに対して、ユプシロンとヤシノンの90-190mmズームは共に開放F値が5.8、最小絞りが16となっています(おそらくリングフォトも同じ)。また、ヤシノンは微妙にデザインの異なるモデルが存在し、画像に見える「TAMRON ZOOM」という刻印が「YASHINON-R ZOOM」に差し替えられている個体もあるようです。
おまけは「JAPAN CAMERA SHOW/カメラ総合カタログ」に掲載された泰成光学(タムロン)の製品紹介です。上が1965年版、下が1967年版になります(※画像クリックで拡大します)。95-205mmのズームは上のモデルとは外装デザインに違いがあり、開放F値もF5.6になっています。また、鏡筒に「TAMRON ZOOM」と刻まれた帯もありません。さらに、この頃のヤシカに90-190mmはラインアップされていませんでした。

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。鶏の唐揚げが大好きな(あ)です。
去年、飲食店を経営する知り合い何人かと「秋田市のB級グルメは唐揚げだよねえ」などと話していたところ、実は全国的に「唐揚げ」がブームになっていたようです。
有名B級グルメといえば、誰もがまず思い浮かべるのが焼きそば、あるいはホルモン系の料理。日本全国そちら系のグルメに食傷気味で、逆にオーソドックスな唐揚げの人気が高まったのかもしれません。
ところで、秋田県は鶏肉の消費量が比較的多い地域だというのをご存知でしたか?さすが比内地鶏の故郷だけのことはあります。ただし、1人当たりの鶏肉の消費量がもっとも多いのは、県北の市町村ではなく県央の秋田市でした。
日本全国を見回すと、西日本勢が上位を占めているのですが、秋田市もなかなか健闘しています。2011年のデータによると全国ベスト5は大分市、宮崎市、山口市、福岡市、鹿児島市の順。秋田市は23位となっています。
大分県には「中津風」と呼ばれる唐揚げが定着しており、多くのお店がしのぎを削っているそうです。さらに、鶏の天ぷらもごく普通に売られているという話もあります(これが中津風でしょうか?)。大手フライドチキン店も大分では苦戦を強いられた―という都市伝説は、あながちウソではないのかもしれません。
また、福岡県には「がめ煮」と呼ばれる料理があり、これも鶏肉消費量が多い背景になっているようです。
一方、秋田市には学生街の駅東地区を中心に「鶏の唐揚げ」を売り物にしているお弁当やさんがたくさんあります。
この中でもいちばんの有名店は、市内3ヵ所に展開している「たいあん弁当」さんでしょうか。同店の定番メニュー「唐揚げ弁当」は蓋が閉まらないほどのボリュームが特徴。初めて手にした方は、唐揚げの量の多さに仰天することでしょう。

上の画像は大盛りではなく普通盛り、420円也(税込み)。激安です。
この他にも、手形地区では唐揚げが美味しいテイクアウトのお店として「おにぎり香」さんや「みき」さんなどがあり、最近は専門店の「ふじやからあげ店」さんも鶏唐マニアの注目を集めているようです。
※上から順に「ふじや」さん、「香」さん、「みき」さんです。
私も週に1度は鶏の唐揚げを食べています。いろんなものにクチバシを突っ込む面倒な人間になったのは、もしかしたら鶏肉を食べ過ぎたせいかもしれませんね。
【追記#1】その後、スーパーマーケット・マルダイ広面店の惣菜コーナーで「大分風」を称する「鶏の唐揚げ」を見つけました。天つゆと思われるタレが付いていましたが、見た目は天ぷらではなく竜田揚げのよう。残念ながらこの日は別の食材を買い求めに来店した故、唐揚げは購入しませんでした。「大分風」の知名度が低いのか、売れ行きは芳しくない様子。廃盤にならないうちに食べておきたいですね。